私の父は昭和7年生まれの92歳。
20年前に母がなくなり、それから埼玉で一人暮らしをしてきました。
そんな父に変化があらわれたのは、昨年の10月ごろから。
遠方で一人暮らしをしている父親が、いよいよ心配になってきました。
これまでの一人暮らしの父の状態
これまで父は、とても元気でした。
記憶もしっかりしているし、定年後にウォーキングのサークルに入っていたこともあって足腰も丈夫。
要介護区分も要支援1でもっとも低いレベルです。
今まで使っていた介護サービスは毎週木曜日の午前中、週に1回のデイケア(通所リハビリテーション)だけで、足腰の衰えを防ぐ運動をやっていました。
今の80代は昔とは違うなあと、父の様子から人生100年時代を感じたものです。
でもコロナ禍は高齢者には厳しい期間でしたね。
この期間、人との接触が制限されたために出かける機会がぐっと減ってしまい、結果的に足腰の衰えを加速させたかもしれません。
そして90代になると更に体力がなくなったようです。
「90代になると今までと違うなあ」
そんなことを言っていました。
それでも91歳になった父は、昨年の10月頃まではしっかりしていました。
地域包括センターからの電話がはじまり
ある日、父の家に定期的に訪問してくれている地域包括センターの社会福祉士から私の携帯に電話がかかってきました。
今思えば、父の変化がはじまったのは、この頃からでした。
「お父様が椅子から転倒したようで、病院に行きたいと言っていますので、連れて行ってくれますか」
「そうですか、わかりました。出来るだけ早く病院で診察してもらいます。ありがとうございます」
地域包括センターの人とこんなやり取りをしました。
翌週、父の家のそばの脳神経外科に診察に連れていきました。
まずMRI検査をしましょうということになり、着替えをすることになりましたが、これが父には難しい。
自分で服を脱いで検査着に着替えることが難しくなっていました。
「ああ、父も結構衰えたなあ」
そう思いながらズボンをおろし靴下を脱がして、検査着に着替える手伝いをしました。
何とか着替えてMRI検査を終え、画像を見ながらの診察です。
診察の結果、特に異状はないが、少し気になる部分があるので念のため市立病院でみてもらってくださいということになりました。
次の日に、紹介状とMRI画像をもって市立病院に行き診察をしてもらったところ、やはり特に異状はないという結果に。
でも脳のことなので経過観察しましょうということになり、3か月後のMRIの予約をすることになります。
異常がなかったのでほっとしましたが、また3か月後に来ることになったのは想定外でした。
「しっかり予定を立てていかないと・・・」
そんなことを思いながら、埼玉の父の家から横浜の自宅に帰りました。
高齢で一人暮らしの父の今後を真剣に考えないと
この一件から、私は高齢で一人暮らしの父の今後を真剣に考えないといけないなと思いました。
父の急激な衰えを実感したからです。
そして父の姿や行動を見て、こんなことを感じたのです。
- 行くのが大変だからと買い物を頼まれた→そのうち自分で買いものに行けなくなる
- しゃがむと立ち上がるのに時間がかかる→そのうち自力で歩けなくなる
- 服を着替えるのに時間がかかる→そのうち自力で着替えができなくなる
- 家の鍵や保険証の場所がわからなくなることがある→そのうち管理ができなくなる
そして横浜の私の家から父の住む埼玉の家までは車で3時間の道のりです。
九州や北海道に住んでいるわけではないので、車で父の家に行くことはできますが、そう頻繁に行ける距離でもありません。
今回のように病院に行ったり、買い物をしたり、そういった世話を見るのにも限界があります。
「何とかしないと」
高齢者の介護について詳しいことを知らなかった私ですが、この頃から介護に関する情報収集をはじめました。
今は人生100年時代といわれますが、それは高齢者になってからどう生きるかという問題でもあります。
親のことはもちろんですが、自分や妻が高齢になった時のためにも、介護についてのサービスや仕組みを知ることは必須と強く思ったのです。
次は「親と老後の話し合いをする Part1」です。
コメント